Interview / NAOITO
ナオイート インタビュー

intervew & text:小野田雄

NAOITO
その国の音楽に惚れこんで、いざ旅へ

──東京に生まれて、アメリカ、ジャマイカ、ネパール、ブラジル、キューバと、世界を旅をして回られてきたんですよね?

「勉強という名目で日本以外の国へ行きたかったんです。まぁ、大体、旅先は行く前にその国の音楽に惚れ込んでしまうっていうのが前提としてあるんですけど、打楽器や弦楽器に興味があったので、大学を中退して、アメリカ、ジャマイカと行った後、一度日本に帰って、旅の情報を集めながら、お金を貯めている時に色んな人との出会いから、“あ、自分が行きたいのはどうやらネパールっぽいな”っていうことが見えてきて。当時は界っていうバンドが始まっていたので、バンド活動しながら、引き続き日本と海外を行き来していましたね」

──音楽に取り組みつつ、就いていた仕事も非常にユニークだったそうですね?
「神奈川県・葉山にBLUE MOONとOASISっていう廃材を使ったセルフ・ビルドの海の家があって、そこでは学校で教わらないようなことを沢山勉強させてもらったというか、自分の手で家を建てる人に向けて書かれた『シェルター』っていう建築の本を片手に部屋を作ってみたり、作れるものは自分で作っていたんですね。そうしたら、俺のセンスを買ってくれた仲間がバブル後で空いていた社宅を葉山・長者ヶ浜で見つけてきて、カフェ・バー/ギャラリー・イベント・スペース、SOLAYAを立ち上げたんですけど、その内装を全部やらせてくれて。最終的には家を建てるある程度の知識と専門的な分野で仕事を頼める仲間が見つかったりっていうレベルまでは行けましたよ」

諦められなかった音楽への思い

──NAOITOといえば、界もそうだし、KINGDOM☆AFROCKSでもパーカッショニストとして知られているわけですが、パーカッションをはじめたきっかけは?
「打楽器を始めたきっかけは浅はかだったんですけど、楽譜が読めなくても、感覚とセンス、それから練習量で何とか出来るかなって思っていたんです。言葉は通じなくても、音楽があれば、人とコミュニケーションを図ったり、何かを共有出来るっていう点が素晴らしいし、なかでも叩いて音を出すパーカッションは一番原始的な楽器ですからね。そうやって、がむしゃらにパーカッションを追求していた時にアジャ・アディっていう西アフリカ・ガーナのマスター・ドラマーとの出会いが自分にとっては本当に大きかった。ただ、若かったせいもあって、打楽器を純粋に追求すればするほど、伝統音楽の神髄に歩み寄れる反面、巷にあるポップスという音楽との折り合いがつかなくなってしまって、一時期は東京を出て、北海道で暮らしていたんです。その頃、食うために音楽を止めようとも思ったんですけど、結局は止められなかった」
naoito
──そして、2006年にアフロ・ビート・バンド、KINGDOM☆AFROCKSに参加するわけですね。
「KINGDOM☆AFROCKSにはリーダーの南條レオに誘われて、参加したんですけど、ただ、バンドでタイコを叩くってことだけじゃなく、一人の音楽家として、何かを表現しようって考えた時、そういえば、家にギターがあるなとふと思ったんです。まぁ、その腕前はタブ譜が読めて、何弦の何フレットを押さえたら、どういう音が出るっていうようなレベルで好きな曲をコピーしていた程度だったけど、ちょっと練習してみようかなって。あと、その頃、チェット・ベイカーを聴いていて、彼もある時、急にトランペットを置いて歌い出したっていう話があるんですけど、そういったものに後押しされつつ。一度は止めるつもりの音楽が止められないばかりか、その気持ちが今度は歌いたいっていう思いに変わって、それが抑えられなくなってしまった。だから、最初は知り合いのバーを回って、酒場の流しから始めたんですよ。最初はカヴァーを中心に、だんだんオリジナルを増やしていきながら、今のメンバーとちょっとずつ出会っていった感じですね」

仲間との出会いに後押しされた作品リリース

──今に至るNAOITOの4年に渡る活動は、カフェやバーを中心としたライブと、それからオリジナル曲が入ったCD-Rを手売りされていましたよね。
「はい。自分で曲を作って、それを録って、CD-Rに焼いて、音楽流通の会社にはお願いせず、自分で売ろうと思ったんです。まぁ、27歳の時に歌い始めた時点で、20歳くらいでデビューする子とは違うから、遠回りしたぶん、自分が培ってきた知識や世界観で勝負するしかないなって思っていたし、ある程度のレベルでは自分で作って、売ってるぶんには食うに事欠かないですよ。ただ、やっているうちに最高の仲間と出会ってしまったんですね。パーカッションはAFROCKSのIZPONに彼の奥さんのSHIZUKAさん、トランペッターの大地に、鼓響のベーシストである小林眞樹、そしてRICKIE-Gバンドでも叩いているドラマーの和田kgっていうラインナップなんですけど、彼らのことを考えると、自分が食えるっていうレベルではダメだし、そんな思いに押されて、アルバム・リリースに辿り着いたっていう。今回はライヴ感を重視した一発録りの曲もありつつ、バリバリのスタジオ作品にしたかったので、これまでライヴでやってきた曲たち、以前は一緒に録っていたヴォーカルとギターなんかも、別で録ったり、完成度を高めていったんです」

音楽に対する敬意と社会への疑問、そして再び音楽の旅へ。


──フォーク、ブルーズ、ジャズ、ソウル、レゲエ・ダブにキューバ音楽やコロンビアのクンビアといったラテン・ミュージック、ブラジリアンにアフリカ音楽……今回の作品から伝わってくるものは、ナオくんが身をもって、体験してきた音楽が熟成されたもの。インターネットで得た膨大な情報と身体性がかけ離れつつある時代にあって、何にも代え難い、かけがえのないものだと思います。
「自分が歌うということ。そのスタートも遅かったわけで、俺なんかよりも上手い人はいっぱいいますよ。でも、何かを伝えたくて歌を歌うんだったら、俺にしか出来ないことだけをやりたいんです。だから、好きになった音楽が生まれた国には実際に行ってみて、その国の人たちと一緒に生活しながら、そこで得たインスピレーションや思いに対する敬意を払いつつ、旅先で出会った音楽もそのままやるんじゃなく、自分なりに消化したうえでやるっていう」

──こうして、お話を聞いていると、音楽や旅など、気になるところへ飛び込んでいったり、誰もが抱きながら、やりすごしていく社会や生活に対する根本的な問いに向き合うことで、この作品もそうだし、NAOITOの音楽観、人生観は作られているんだな、と。
「1978年生まれの俺は経済成長と産業化社会、そして情報化社会っていう時代の流れのなかで生まれ育って、今は明確な何かが見えづらい時代だと思うんですけど、そんななか、俺の親父の存在はすごいデカくて。若い頃、新潟から上京して、自分の工場で俺を含めた兄弟3人を育てながら、朝から晩まですごく勤勉に働く人で……でも、それじゃ、幸せにさせてくれない世の中の大きな変化、今の不況、会社の倒産や働きすぎの家庭崩壊なんかもそうだと思うんですけど、ちゃんと見ていないと巻き込まれてしまう流れってあるじゃないですか? そういうどうにもならないことに巻き込まれてしまった親父の背中を見ながら抱いた疑問が自分を突き動かしているところはありますね。そのおかげで大分遠回りしましたけど(笑)、だからこそ、こうしてアルバムを出すことが出来たわけだから、ホントよかったなって思いますね」




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